小さな子どもが持つ命の輝き
2010年2月21日 21:51 コメント(0)
通算200回目のブログ記事になります。
過疎地域でも、そこに小さな子どもの姿があるだけで、ここにはまだ未来がある!
という感じがして、元気が出てくるものです。
子どもっていうのは、ほんとに大切なもんだなぁ・・・と、強く実感したのは、
約1週間ほど前のこと。1つの命が亡くなってしまったという現実がつきつけ
られているなかで、そこにいる小さな子供が持つ弱々しくも輝やかしい命が、
これほどまでに周囲の人々を元気づけるとは・・。
自分にとって、とても大きな発見でした。
私は3人兄弟なんですが、真ん中の弟(次男)が急にこの世の人ではなくなった
のが、1週間ほど前のことでした。ほんとに急なことでした。
弟の亡骸に会いに東京に行き、それから神戸の自宅にとんぼ返りして、
翌日は通夜と葬儀のために親の実家がある富山県魚津市へ車で移動。
自分の家族を連れて富山へ向かいました。
※先週はほんとにたくさんの方々にご迷惑をおけしてすいませんでした。
気落ちしている親のことを思うと、うちのチビちゃん(1歳2カ月の娘)を連れていくと
弟のチビだったころなどを思いおこして余計につらかったりしないだろうか・・
というようなことも考えたんですが、連れていくしかなくて連れて行きました。
自分自身も、「心に穴があいたような・・・」というのは、こういうことか・・・
というような状況でした。30年ほど3人兄弟でやってきたのに、急に
2人兄弟になってもなぁ・・・・
親はもっとぽっかりと大きな穴が空いていたと思うのですが、
自分の叔父が亡くなったということも分からないで、泣いたり笑ったりしている
うちのチビちゃんは、気がつくと、みんなの心の穴を埋めてくれていました。
1つの命の終わりを前に、生まれてまだ間もない小さな命の輝きは、
非常にまぶしいものでした。
小さく弱々しい命のためには、親である自分だけでなく、そのおじいちゃん、おばあちゃん
にも、これからしっかり生きていくことの必要性と楽しみを提示していました。
命が連綿と受け継がれていくという、ただ当たり前のことが、とても尊くて大事なこと
だということも、改めて思いました。
過疎地の再生とかいうと、何がゴールだかよく分からないのですが、そこでちゃんと
命が子へ孫へと受け継がれていくこと、そこに子どもたちが元気に遊ぶ姿があること
を目指していかないといけないですね。



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