枠組みは与えられるものか 自ら定めるものか
2009年3月30日 08:11 カテゴリ:事業プロデュース論 コメント(0)
森林学会からの続きで、大学時代の指導教官とその弟子たちが集まる機会がありました。
そこで私の指導もしてくださった先生が仰っていたのは、「学生にはやりたいことをやらせる
ようにして、テーマを押し付けることはしなかった。」ということでした。
今頃になって、自分はそういう特殊な環境で大学時代を過ごしたことに気づきました。
特殊な環境であったということに今ごろになって気づいたというのが正しいかもしれません。
自分でやるべことを見出し、枠組みを決め、目標を決め、前に進んでいくというスタイルが
当たり前だと思いながら社会人になったため、「キミはもう社会人なんだから・・・・」と会社の
先輩たちにご指導をいただくことも多くありました。
それでもそのスタイルは変えずに今ままでやってきましたが、その原点は学生時代にあった
のかもしれません。
世の中の多くの人々が、自ら主体的に枠組みを構築していく生き方を望んでいないという
ことも、実はここ数年でようやく気づきました。マウスの実験でも、複数のマウスが1つの
ハコの中にいるとき、その序列などが明確化しない状態だと脳波が乱れた状態が継続し、
位置関係などで序列や立場が明確に可視化されると、脳波が落ち着くという結果がでて
いるという話をつい先日聞き、なるほど・・と変に納得していました。
自由を望みそれを追い求めて今の社会を形成してきたかというとそうではなく、
著しい不自由や理不尽からの脱却を実現する努力を重ねてきたのでしょう。
過剰な自由は、人を不安にするようです。
枠組みを決めることから自由を与えられてしまった場合、どうしていいか分からずに不安に
陥るということはほんとによくあることのようです。明確に枠組みや目標が上から与えられ
ている組織の方が普通で、そのような組織の方が働いている人たちは生き生きしている
ようです。
つい先日、自分とスタイルが近い人と話をしていて、自分たちが病気というか、世の中の
標準からずれてしまっているだけなんだろうという見解で一致しました。
枠組みを自分で構築する前提を持つ人間で組織を形成する方が、面白いクリエイティブな
集団になるに違いないという仮説で組織づくりをしてみて、うまく行かなかった経験を
共有しているため、そのような見解の一致があったのでしょう。
枠組みは与えられるものか、それとも自ら定めるものか。
どうも、どちがいいということではないようです。



コメントする