仲良くケンカしな♪
2009年11月17日 07:42 カテゴリ:事業プロデュース論 コメント(0)
自分はプロデューサー型なので、今は森の学校の経営者という立場があると
言っても、強いリーダーシップで組織をひっぱる手法はあまり自分には
向いていないと思っています。
個をしっかりと持った個人が、それぞれの個としての輪郭を失わずに集団として
方向を合わせつつも主体的に判断しながらうごける組織は、とてもクリエイティブで
気持ちのいい組織になります。大企業だとオモチのように個が全体の中に融解して
しまうことが多く、その中で個を保てる人はかなり優秀で意識の高い人に限られる
かもしれません。オモチ型よりは、1つ1つの粒がしっかりありながらも全体としての
輪郭もしっかりと存在する「おにぎり型」が理想だと常々思っております。
おにぎり型の組織を維持するために難しいのは、個々人の「ケンカの技術」を
一定以上に引き上げないといけないことだと思っています。
粒がはっきりしている中で、互いに協調し続けるという難しい作業を継続できない
といけないからです。通常それが難しいんので、どうしてもオモチ型の組織にして
しまうことになります。
安易な妥協をつみかさねて、「オレの言うことなんて聞いてもらえない」という
ような愚痴がこぼれる状況は、その人が無意識のうちに自分を被害者化し、
仲間や会社に対して攻撃的な言動を増やし、それがまた他者への攻撃の連鎖
を生み出し、組織を重大な病に陥れます。
安易な妥協をしないためには、「協調」ということができないといけないの
ですが、そこはまた心理的にけっこう難しい作業です。心に余裕がなくなるほど、
心は攻撃的になりがちです。
思うようにいかないことがあると、どうしても知らないうちに自分の正当性を主張する
ことにばかりに意識が行ってしまって、自分を困らせている犯人をでっちあげ、
その人を攻撃するという状況に無意識のうちに陥ってしまいがちです。
すべて「無意識の自己正当化」です。
そこで、自分自身が編み出した必殺技があります。
「クソ、この野郎!」という気持ちが自分の中に少しでも芽生えていることを確認
できたとき、この歌を頭の中でリピートします。
そうです。あの名曲。
「トムとジェリー♪ 仲良くケンカしな♪」
これだけで、どんな相手とも前向きに未来に向かう意識をもちながら、相手を
人として見て、敬意を失わずに、ケンカというか議論ができます。
自分の正当性を主張するために相手を攻撃する議論ではなく、今いる仲間たちが
未来に向かってどうしたらいいのかを前向きに検討するための議論が可能になる
のです。
みなさんもぜひ試してみてください。
さて、昨日は、18時から「西粟倉の木の家モデルハウス」に関して、設計者と大工さんたち
との会議がありました。
新しいものを生み出していくための、生みの苦しみをみなさんが日々味わっておられる
なかでは、1つ間違えば「後ろ向きな自己正当化のためのケンカ」が発生するかもしれ
ないという危惧がありました。ですので、後ろ向きなケンカに巻き込まれないように、
「トムとジェリー 仲良くケンカしな♪」の部分を数十回ほど頭の中で繰り返しながら
会場入りしたのですが、なんの問題もなくすばらしく前向きな議論が行われて
拍子抜けするほどでした。
日々いろいろなトラブルが繰り替えされてきたのですが、
「1つのチームとしてよい家をつくりあげよう。
そして村の未来を切り拓いていこう。」
そんな気持ちを全体で共有するような会議になりました。
この流れなら、ほんとに素晴らしい家ができあがるに違いない。
自分の中ではそう確信できるような会議でした。
関係者の気持ちがバラバラになりそうなところを必死でつなぎとめてきた
森の学校の井上くんには、あらためて拍手を送りたいと思います。
このような場で社員を誉めるのもなんなんですが、25歳でよくこれだけのことが
やれるなと関心してしまいます。
しかし井上くんのコーディネーターとしての努力の前に、
建築家さんや大工さんたちの仕事人として拘りとプライドがあり、
そしてたくさんのトラブルが発生することも厭わず前に進み続けた
役場の関さんの執念があり、百年の森林構想の実施も含めた
道上村長の決断があり、ようやくチームとしての一体感が
醸成されてきたのだろうと思います。
家づくりのチームとしての一体感が発展し、
「森づくりから家づくりまでのチームとしての一体感」に到達するのも時間の
問題でしょう。途中で諦めなければ大丈夫だと自分は思っております。
家づくりにしても組織づくりにしても、矛盾や問題がたくさん噴出してきてからが、
ほんとの勝負なんでしょうね。
安易に諦めず、安易に妥協せず、仲良くケンカをし続ける。
そういう姿勢を常に維持したいものです。



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