もののけ姫と西粟倉の森

2009年8月 8日 07:20  カテゴリ:西粟倉村  コメント(0)

映画「もののけ姫」の舞台は、中世の出雲(島根県)です。

日本の中世とは、いかなる時代であったかは網野善彦氏の本に詳しく描かれています。

土地利用という視点でこの時代を見ると、中世は大開拓時代でした。

人の生活領域が拡大し、映画において「もののけたち」に象徴される原生的な自然が

開拓され、もののけの世界は人の支配下となっていったのでした。

※現在問題にされる獣害は、中世以来、もののけたちが人の生活領域に進入し始めた

と見ることもできるかもしれません。

 

「もののけ姫」の中では、エボシ御前が率いるタタラ(昔の製鉄)の衆が、鉄をつくるために

山を切り開き、もののけたちを追いやっていく姿が描かれています。現在は鉄をつくるために

コークス(石炭を蒸し焼きにしたもの)を使いますが、昔は大量の木炭を使いました。

木炭を製造するために、どんどん原生林を切り開いたというわけです。

 

で、西粟倉の森と何が関係するのかというと、西粟倉に来ていただくと、この中世以来の

人と森の歴史の非常に狭い空間の中にコンパクトに納まっているのです。

 

まず、最上流に若杉原生林があります。タタラの中心となった中国山地の中で、

若杉原生林の存在は奇跡と言ってもいいかもしれません。

中国山地の中で、原生的な森が残っているのは、西粟倉村の若杉原生林と

厳島神社の鎮守の森の2つしかないと言われています。

人が開拓しきることなく残ったか、または人が開拓したことがあっても、それから

相当の年月が自然にまかされた流れてきたかのどちらかでしょう。

 

wakasugi.JPG

若杉原生林のサワグルミの木

 

 

buna.JPG

若杉原生林のブナの木

 

 

そして若杉原生林のふもとには、たくさんのタタラ場のあとがあります。

江戸時代の終わりごろまでタタラをやったいたようです。

 

タタラが幕を閉じ、150年近くが経過していますが、そのころに植林が行われた

150年前後の立派な人工林もあり、その下にはタタラの痕跡である鉄の塊が

散乱しています。その立派な人工林は、西粟倉村の百年の森林構想のウェブ

トップページになっています。

 

そして、エネルギー革命において不要になってしまった集落周辺の森には、50年生

前後の人工林があります。この森は、もともと牛のエサをとるための採草地でした。

牛がトラクターに置き換わっていくなかで、不要になった森を未来につなぐために、

村人が総出で植林を行ったのでしたが、木材不況で放置林が増えてきています。

それをなんとか立派な人工林として再生させていこうとするのが、百年の森林構想

あり、それを実現するための共有の森ファンドなのです。

 

それらを1つ1つ見ていくとき、約1000年の間に、人と森の間に何があったのかを

理解していくことができます。そして、西粟倉村が、大きな歴史の流れの中で、

簡単にはなし得なかったことを、なんとか成し遂げようとしていることにも気づきます。

 

西粟倉の森を、人と森の歴史という観点で楽しみたいというマニアな方には、

映画「もののけ姫」を見てから西粟倉に来ていただくことをお勧めします。

 

「もののけ姫」のメッセージは、「生きろ」でした。

人と自然という簡単には解決できない問題は、昔からあったわけですが、

簡単に解消できない矛盾をを止揚していくための方向として、

「生きろ」のメッセージがあるのかもしれません。

 

 

 

 

 

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