西粟倉の人々 その9 木薫の国里社長

2009年8月18日 09:20  カテゴリ:西粟倉村の人々  コメント(0)

西粟倉の人々シリーズの9人目は木薫の国里社長です。

 

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木の里工房 木薫(もっくん)は、2006年7月に設立されました。

人口1600人の村で誕生したベンチャー企業は苦労を重ねながらも丸3年が経ち、

4年目に入りました。

 

国里さんはもともと営業マンとして大阪で働いていた経験がありますが、古里西粟倉に

Uターンでもどってきて森林組合の職員になられました。

ビジネスマンとして仕事をしてきた経験も活かし、丸棒工場の売上を大きく伸ばすなど

の実績をあげてこられたのですが、安定した森林組合の職を辞して、起業の道を

選択されました。小さなお子さんが2人いるなかで、新しく会社を起こすというのは、

ものすごく勇気のいることだったと思います。

 

それでもやらねばならない。

 

そういう思いが国里さんにはあったのでしょう。

 

木材の価格は低迷し、山は放置されていく。

木を原木市場に出していくだけでは、二束三文で買い叩かれるだけ。

過疎が進む西粟倉で、製品化までを手がけて、木に付加価値をつけて販売

していくことで、山にお金がもどり、そして地域に雇用が生まれる。

 

誰かがやらなければならないということは、多くの人が分かっていたかもしれません。

しかし、国里さんがやるまでは、誰もそれを行動に移すことはなかったのでした。

 

国里さんを慕う地元の若者たちが集まり、そして大阪でインテリアデザイナーとして

仕事をしていた須賀さんも合流し、木の里工房木薫が船出することなりました。

森林整備部門と木工部門を1つの会社の中にもち、山から製品までの一環生産

を行うというのが木薫の特徴です。

 

木薫(もっくん)という名前をつけたときから、幼稚園や保育園をターゲットにするという

ことが想定されていました。保育家具・遊具などを手がけながらも、店舗什器なども

含めていろんな仕事をこなさないと売上が確保できません。

苦しみながらも徐々に売上を伸ばしてきた木薫は、「森から子どもの笑顔まで」という

事業コンセプトにこだわり抜くことをあるとき決めました。

そして今や、「木製保育家具・遊具」を専門にするめずらしい会社として徐々に認知され

かつそのような専門性を持つに至っています。

※木薫の大型木製遊具は森の学校の校庭にも設置されています。

関西都市部が中心ではありますが、最近では東京の保育園からも注文がけっこう

入ってくるようになってきています。

 

国里さんが木薫というベンチャー企業を起こしたことは、人口1600人という

小さな村の中で新しく8人もの雇用を生み出しました。

しかし、それだけではありません。木の里として、木に付加価値をつけて販売していく

という村全体の将来の方向を明確にしたのが、木薫の創業でもあったと思います。

 

起業家1人が10名の雇用を生み出すとすると、起業家が10名いれば100名の雇用が

生まれ、家族も含めると400人ほどの暮らしを支えることにつながります。

 

大島くん関野さんがクリエイターとしてこれから独立していきますが、田舎が

これから必要とする人材は起業家型の人材です。

自ら仕事を生み出していく挑戦者を募集するために、

9月4日に東京で西粟倉村の就職説明会を行います。

 

たくさんの方々のご参加をお待ちしております。

 

 

 

 

 

 

 

 

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