田舎再生という視点から投資の意味を考える
2008年11月10日 00:13 カテゴリ:トビムシについて 共有の森ファンド コメント(0)
サブプライムショックからの世界同時不況で、投資のあり方が話題になることが
多くなっています。
※キリギリスの写真と本文は関係ありません
金融には関心はあるんですが、全くの門外漢ですから、現在の金融の問題について
ここでとやかく言うのはやめておきたいと思います。
自分が日々仕事としてるテーマ(田舎をどう再生させていけばいいか)という視点から、
投資というものについて、少し書かせていただきます。
よく投資と投機は違うと言います。本来の投資というのは、未来の可能性を高める
ために資金等を拠出することで、投機というのはデイトレーダーに象徴されるように
短期的に売買の差益を得ることしか考えていない行為ことでしょう。
では、田舎というものが、長期的に存在しなければならないということを所与として、
そのような未来を実現していくためには、投資が必要でしょうか。
これは絶対に必要だと私は思います。
例えば将来の組織のために人材を採用して育てるということも立派な投資なわけ
ですが、森林組合の作業班であったり、家族経営の製材所などは、今をしのぐことが
精一杯で後輩を育てる余力がなく、未来への備えがないまま高齢化が進んで、
廃業していくことがはっきりしています。
自分の子どもたちは都会でサラリーマンやる方が安定していて幸せだから、
それでいいんだとみなさん思っておられます。
匠の技が伝承されていかないと世の中貧しくなってしまうと強く思い込んでいる
私のような人間からすると、ちょっと待ってくださいよ!と言いたくなりますが、
跡継ぎを育てていける程度に儲からないことにはどうしようもないのは事実です。
森林なんていうのは、昔から自分の代ではお金にならないという前提で植林を
して来たわけで、それは立派な未来への投資であったと私は思います。
スギ、ヒノキの人工林ばかりにしたことの是非はいろいろ議論されている
わけで、確かに多くの問題があるのですが、自分たちの今の利益よりも
未来の子どもたちのために必死になって木を植えたという行為とその背景に
あった「未来へ」という価値感は、もっともっと賞賛されるべきものではない
でしょうか。
こんな人工林ばっかりにして花粉症で大変なんだよ! というお怒りも、
ごもっともです。私も花粉症です。林業に関わる仕事をやりながらも、春は
けっこう憂鬱です。でも、世間から間違ったことをしたと言われながら、
さらに子どもや孫も山なんて儲からないからどうでもいいとなると、
木を植えたおじいさんおばあさんがあまりにかわいそうではないでしょうか。
70歳になっても自力で山仕事をする体力も技術も十分あるというような
人たちが、もう嫌になった・・と仰っておられたりします。
自分が苦労して山を育ててきた意味が分からないというか、意味がなかった
と思うようになったからだとか。。。
環境問題とかエコだとかいろいろ言いますが、こういうおじいさんが虚しさを
抱えたまま人生を終えていき、そして「未来へ、子や孫へ」という価値観が
失われていくことこそが、本質的な問題であるような気がします。
話は現在にもどって、今、田舎に投資が必要だとしても、意味のあるお金が
投資として入ってくるにはいろいろとハードルがあります。
地方交付税交付金というのがあって、都市住民の稼ぎが田舎の方に再配分
される仕組みがありますが、これは投資というよりも、田舎の運転資金に
なってしまっています。それを投資として使うためには、財源の委譲なども
必要になるでしょうし、国全体で大きな仕組みの再構築が必要になります。
交付金とは別にいろいろな国からの補助があって、林業関係の補助も
たくさんあると言えばありますが、砂防等の土木事業に関する予算が圧倒的に
多くて、森と林業を再生させるための投資に使うという判断を市町村が独自に
行うことはできません。
じゃあ民間のお金はどうでしょうか。
田舎のために投資して、将来リターンがあれば、投資する人もいるのではないか?
それはそうなのですが、なかなか投資してなんとかなるような話がなかなかありません。
投資価値があるような事業が田舎において生まれてくるかどうかということについては、
私たちも今なんとかしようと奮闘中ではあります。
まだ詳しいことは言えませんが、かれこれ5年ぐらいの間、森だとか田舎に投資
する仕組みをつくりたいと言っているうちに、いろんな人たちが相談に乗って下って
仲間がたくさんできました。
今は、これ以上はお話できません。
さてさて、投資に値する事業が田舎にあったとして、そこに投資する人はいる
でしょうか。まずはお金に余裕のある人たちがいないといけないわけで、
日本人の個人金融資産は1500兆円にもなると言われています。
田舎にだってお金を貯めこんでいる人たちはけっこういて、都市にいる若者たち
よりはかなり財力があるでしょう。
田舎にお金があまっていて、田舎の未来のためにお金が動かないのではなぜか。
農家が農協のお金を預けて、農協はその親玉である農林中金にお金を預けて、
農林中金は外国で投資をしてその莫大な資金を運用としているわけです。
地域の未来をなんとかしないといけないと思っていても、お金はみんな外国で
運用されているというような構造の中で、過疎と高齢化が進んでいくのは
当たり前のことでしょう。
日本人が、日本の未来のために正しい投資ができるようにならないといけません。
構造から変えていかないと、小手先の挑戦を積み重ねてもだめです。
構造から変革していくために、「そうか! その手があったのか!」というような
事業をなんとか開発したいものです。
楽しくて苦しい悪戦苦闘は、まだまだ続きそうです。
いやいや、これから本格的に始まるんでしょうね。



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